Share on Facebook
Post to Google Buzz
Share on LinkedIn

岸氏のインタビュー

 

繋がりと出会いに“ありがとっとり”

「私の正装なんです」。そう言いながら彼が羽織るのは、黄色と黒の横縞ちゃんちゃんこ。鳥取県出身の漫画家、水木しげる氏の代表作「ゲゲゲの鬼太郎」の象徴である。彼の鞄には鳥取県のマスコットキャラクター“トリピー”がぶら下がり、腕には、“I ♥ SAKYU”と書かれたブレスレットが付けられている。“楽しく、おもしろく”をモットーに首都圏と山陰・鳥取を繋ぐ活動を行っている、岸浩之さんに話を伺った。

 

 

━━━東京に出てくるにあたっての背景と、そのきっかけを聞かせてください。

 

2005年の4月、就職を機に東京に来ました。実は鳥取からも近い関西圏で就職活動を行っていたんです。関西圏ならすぐに地元に帰ることができるし、お笑いも学べるし、なんて気持ちもあって(笑)。しかし4月1日にまさかの東京営業所への配属が決定したんです。関西で就職だと思っていたので東京勤務なんて、と全く予想とは離れましたが今思うとすごく良かったことでしたね。

 

━━━東京に来て感じたこと、価値観の変化はありましたか。

 

東京には、“何かしたい”とチャレンジ精神を持ち、実行していく人が多いと感じました。また目標を持っている人が多く、目標設定がしやすい環境であるとも。地元はとても安らげるけれど競争意識が少なく、現状のままでいいんじゃないかと思えてしまうゆとりがあります。しかし東京で、夢を語り、これをやりたいという想いを持った同世代の友人が起業していく姿は、とても刺激になりました

実は、大学卒業前に地元で、NHKのど自慢大会に出たことがあります。この時には街をあげた応援があって、おじいちゃんおばあちゃんまでとても喜んでくれました。その時点で既に地元に対して何かしたいという想いがあったし、若い人たちや自分たち世代だけで盛り上がるよりも老若男女関係なく楽しむことが好きなので、鳥取を出る前にこういう体験ができたことは大きかったですね。地元が良いなと思えた瞬間でした。鳥取を元気にする為に「帰って何かやるからね」と周囲に言ってはいたけれど、「それいいけど、ただの夢で終わるよ」と投げかけてくれた友人の言葉もあり、「やっぱ俺しかいない。地元を盛り上げるのは」なんて思い込み、そこから行動しようと思っていました。

 

━━━活動のスタートと、軌道に乗せるまでの話を聞かせてください。

 

2007年4月から「とり☆ぷろ」という団体を立ち上げ、スタッフ10人程で始動しました。主な活動内容は、鳥取県にゆかりのあるアーティストやお笑い芸人によるライブイベントの開催です。鳥取の人が集える楽しいイベントをと考え、2007年7月から毎年7、11、3月に開催しています。

この、とり☆ぷろという団体を2007年から始め出した時に、鳥取県のサテライトオフィスである鳥取県東京本部と私の職場が同じ永田町だったんです。そこへ自分でイベントのビラを持って行って、「是非告知して下さい、個人でやっているんですよ」と飛び込んだところから交流が始まりました。最初は相談や熱い想いのコミュニケーションであったけれど、2007年7月以降に「岸くん、東京で鳥取を盛り上げるおもしろいことをやらないか」という話が出てきたんです。その時に、旅行ツアーの企画などを多く提案したら、2008年明けに「4月から予算が取れそうだ」と。東京で何かしたいと思っている若者がいるから予算をつけられないかと、県の方がお願いしてくれたようです。鳥取県は人口が少ないので、行政と僕らとの距離が近く、市民活動に対する行政・民間企業の協力が手厚い。これはある意味、鳥取県の強みだと思います。

この時、同本部が鳥取出身の若者が東京で集まれる場の提供の為に設立した「若い鳥取県応援団」に予算がつくことになりました。私はこの団体の立ち上げには関与していなかったのですが、それまでの活動は不定期な飲み会や情報交換の場だったそうです。しかし県から年間150万円程度の予算が出たことによって、より活動を活性化させることができるようになりました。「そんなおもしろいことをやるなら手を貸すよ」と、イベント会社やマスコミ会社に勤めている人達が集まってきてくれ、いかにメディアに載せるか、いかにエッジが効いたイベントにするかと、この予算をつかって鳥取県のためにどうしていくか煮詰めることが出来ましたね。


1 2

No Responses to “#003 岸 浩之 氏
鳥取県出身 /「若い鳥取応援団」団長、山陰ドリームプロジェクト”

This post has no comments yet.

Leave a Reply