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━━━WE LOVE AKITA の活動とは?

 

「初めて行った活動は、2008年10月に下北沢で開いた飲み会でした。」

それは高校時代の友人や就職活動で出会った友人など、総勢20人程の飲み会。“秋田”にゆかりがあるというだけで交流ができることに、楽しさと親しみを覚えたそうだ。

2009年2月。活動は内輪を抜け出していく。
彼が大学卒業前に催したのは、秋田出身者によるライブイベントであった。場所は渋谷。この都会の街で80~90人という集客力をみせた。「初めて知らない人が来てくれたイベントでした」と彼は当時を振り返る。このイベントが件の秋田県の新聞に掲載されたものである。

更なる飛躍を遂げた2009年8月のイベントでは、「秋田魂心会×WE LOVE AKITA」と2団体でクラブイベントを盛り上げた。新宿で17時から深夜に及ぶまで繰り広げられたこのイベントには、約400人が訪れたという。地元の話を皮切りに、秋田の人だけに留まらずたくさんの出会いの場になった。ここでは、地元協賛の米や日本酒を提供してもらうことで、しっかりと秋田県PRを盛り込んでいる。

 

━━━イベント開催の他にどんな活動がありますか?

 

「毎月第2・第4週の土日にファーマーズマーケット(※3) に出展しています。メンバーの実家が専業農家であることから、そこから主な野菜や米の仕入れを行い、その他にも産地直送で個々の農家から仕入れをしていますね。」

この活動は人件費を出さず、全てボランティアで成り立っている。「利益を出したいと思っているが、なかなか難しい」のが現状だそうだ。しかし現在では、残った野菜を買い取る取引先を見つけ、赤字から徐々に抜け出しつつあるという。

収益性には乏しくとも、出店を続けた理由にはこんな想いがあった。

「首都圏の若い人が買ってくれて、喜んでくれるのが非常に嬉しいと、メンバーの実家や仕入れた農家の人達が言ってくれるからなんです。『お客さんの声が聴けることが励みで、それを仕事に生かしたい』という農家さんの気持ちを受けているからこそ、やり続けたいと思っています。」

都心の消費者の声は、彼らの手により地元生産者へと届けられている。

「また、不定期でディスカッションも行なっています。第1回目は、メンバー以外も入れた7~8人で「WE LOVE AKITA をどうしようか」と話し合い、第2回目は10人程度で「50年後の秋田を想像してみよう」というテーマ。第3回目は「東京から秋田のためにできること」として、30人程で意見を言い合いました。」

地元活性化とは何だ?
我々の目的とは何だ?
地元では魅力的な職が無いから皆帰ってこないのではないか?
その為に何がやっていきたいか?
など、多岐にわたる本気の議論が飛び交ったそうだ。

彼自身は司会進行やまとめ役をやることもあれば、自由に意見を言うこともある。
そんな中で生まれたプロジェクトが「秋田×音楽=元気プロジェクト(※4)」 である。某有名アーティストを手掛けたプロデューサーとタッグを組み、地方の新しいアーティストを発掘するというこのプロジェクトを現在進めている。
※3 ファーマーズマーケット
主に各地域の生産者農家が複数軒集まって、自分の農場でつくった農産物を持ち寄り、消費者に直接販売するスタイルの市場のこと。日本では、表参道GYRE前、青山の国連大学前で毎週土日に行われている。
http://www.farmersmarkets.jp/

※4 秋田×音楽=元気プロジェクト
http://we-love-akita.com/2011/03/post-38.html

 

 

━━━地元での反応や繋がりはありますか?

 

「地元の人が、WE LOVE AKITA の名前を知ってくれていると感じた瞬間はありましたね。私たちが東京で活動をしていることを知って、『東京で活動しているんでしょ? 』と声を掛けてくれたんです。認知度が上がっていることを、肌で感じました。同時に、やってきた成果はあったのだな、とも」

と答えが返ってきた。

簾内氏自身は、「自分たちがおもしろいと感じることをまずはやりたい、それがまわりまわって秋田の為になればいい」と考え、活動しているそうだ。

現在は地元秋田のNPO団体と繋がりができ、
「秋田の日本酒を首都圏に伝えたい」という話が出ているという。

自分たちができることをひたすらやっていく。
その体制でこの数年走ってきた彼らは、既に秋田と都心、秋田と若者を結ぶ役割を担っている。

簾内氏

 

「地元が好きですか?」 その問いに彼は、「大好きです」と即答した。育った町の自然や人が好きで、地元だからこその愛着心があると彼は言う。「本当の性格は腰が重い方だけれど、何かやらないと結局何もできない。自分を律しているのが今の自分」なのだとも話してくれた。素直さの中に謙虚な姿勢が入り混じり、等身大の24歳が垣間見える。

「『わげものが、変わる。』このコピーも『若者を変える』か『若者が変わる』か、悩んだんですよ。でも『若者を変える』だと、自分のやりたいことを他人にやらせるような感じがして、私のやりたいことではないと思って。そうじゃなくて一人ひとりが自発的にやりたいという想いがあって、それをこの団体で実行する。それによって各々が変わった結果、秋田を変えていきたいと思っています。だから巣立ってくれたっていいんです。団体名も自由に使ってくれて構わない。それで人の繋がりができるのなら、そう思っています」。

彼はこれからも「わげものが、変わる」瞬間を世に投げかけていくだろう。落ち着いた口調の裏で、静かにも熱い感情を覗かせる簾内氏とWE LOVE AKITA は、これからも走り続けていく。

<writer : 寺田佳織>

WE LOVE AKITA
http://we-love-akita.com/

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秋田県出身 /「WE LOVE AKITA」代表”

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