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「ヨソモノ、ワカモノ、バカモノって、最近良く聞くじゃないですか。よく聞くけど、実際にそれを実践している存在ってあんまいないなと、大学の頃から思ってて。自分はナカの人間だけど、ヨソの人間でもあるっていう所からアプローチしたいなと思ってます」そう語るのは、久留米出身でPR会社(インタビュー当時建設会社)の、プラサス代表中川雅俊氏。その活動の裏に秘めた思いを伺った。

 

 

━━━まず、街作りに興味が湧いたのはいつから?

 

高校の頃は、全国レベルの野球部に所属し、コンビニ行くのも禁止という外出厳禁の全寮制で過ごしていました。その厳しい環境から大学生になって久留米に帰って来た時に、何か物足りなさを感じていました。加えて、地方の大学生の生活スタイルって、学業とアルバイトの往復でしかなくて。地方にワカモノがいることは貴重な財産だと思うのに、なんか勿体ないなぁと思っていて。それに、街作りって大人だけがやってていいのかな?っていう疑問があって。そこで、自分が動いて学生街作り集団を作ることから始めました。後に引けない状況を作らないとダメだと思っていたので、学生が主体的に街づくりに参加する企画を作って市役所に話に行きました。「市役所の一番良い会議室を用意してください、俺が学生を集めます」と、市役所を駆け回りました。と同時に久留米市内にある5大学全部に呼びかけを行い参加者を募りました。それらの行動が実って迎えた、最初の会議の日。市役所の人が3人に対して、学生がなんと1人しか来てくれなかった。

 

それからは、何をするかを話し合う場を作るよりも、人を集めることから始めなければならないと思うようになりました。そこで学校に出向いて 2ヶ月間、2週間に1回ぐらい「街作りしませんか?」と帰宅の学生を待ち伏せしてビラを配ったり、学校の総合窓口の事務の人に突然話をしにいったり。でもまた、それでは埒があかないと気付き、その後は教授に直接働きかけるようにしましたね。その後30人程の学生が集まるようになりました。

 

━━━すごい行動力と営業力ですね。その後どのように街作りの実践へつながったのですか?

 

その活動を買われてか、元々外務省のアフガン大使館で勤務していたとある大学教授から、「君に紹介したい人が居る」と言われて東京大学大学院の助教授と会いました。そして、東京大学大学院vs久留米の大学生で3日間限定の街作りアイデアコンペのワークショップを行うことになりました。その時のテーマが「中心市街地を活性化するアクションプラン」。東大が2チーム、久留米大が1チームの対抗戦で、地元の人に講師をしてもらいました。

しかしその場で、「どうせ色々と言っても君達は現場じゃないよね、言っているだけでしょ」と 久留米の街作りのリーダー的な人に一蹴されましてね。その一言が悔しくて、東京大学の学生とやってやるぞと、意気込んだ。上手いこと火をつけられましたね(笑)その時の熱いメンバーが今のプラサスのメンバーになっています。

 

━━━東京に仕事に来てからはどうしたのですか?


僕が東京に出て来たのは、社会人になってからなんですが。東京に来て、仕事だけになりたくない、寝る間も惜しんででもなんかやりたいなって思っていて。すぐに東大のメンバーと再会して「大学でこれだけ勉強してて、社会人に成ってそれを活かせなかったらもったいないだろ?」って問いかけて、また活動することにしました。初めのうちは久留米で関わりのあった東大の3人と自分合わせて4人。その後1ヶ月ぐらいで、後2名集まって、計6人に。


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福岡県出身 / プラサス代表”

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