Share on Facebook
Post to Google Buzz
Share on LinkedIn

 

━━━プラサスの現在の具体的な活動の内容を教えてください。

 

始めは、どうやったら地域のコミュニティーが活性化するかミーティングしたり色んな人に話を聞きに行ったり、大学でワークショップを開催したりしました。そして当時、メンバーの一員である飯塚が世田谷のシェアハウスに住んでいて、そこに街オリ※1の代表の文平さんがお住まいだったんです。そこでずっと一緒に何かやりたいね、って話をしていて。それが実現したのがプラサスとしての初めてのイベントで「さつますんくじらプロジェクト※2」という鹿児島PRイベントです。僕たちは街オリの人たちのイベントに協力する形で、フードランドスケープ※3という多摩美の卒業生4人で作った団体と一緒に、 南さつまの食材を使って、品川でコンセプトカフェをやりました。

続いて大きな活動としては、久留米で実現したシェアハウスですね。地方の商店街の中は空き店舗が多い。現在では、商売を続ける場としては厳しいかもしれません。でも、そこにワカモノを住まわせることで、新しい流れと世代間の交流を生み出そうとしました。

※1 街オリ:http://machiori.jp/
※2 さつますんくじらプロジェクト:http://www.sunkujira-pj.com/
※3 フードランドスケープ:http://foodlandscape.jugem.jp/

 

 

━━━シェアハウスを実現するに当たって何から始めたのですか?

 

まずは商店街と学生にプレゼンをしました。最初はなかなか前に進まなかったのですが、自腹を切って何度も何度も久留米に行き説明し続けました。すると、商店街の人たちが具体的に身を乗り出して来て「家賃いくらだったらできる?」とか「どのくらいのどんな物件が有ればいい?」とだんだん協力的になって来てくれて。そこからどんな物件がいいか、街の人を巻き込んだワークショップを行って検討を重ねました。 実は、街の人も学生を迎え入れる体制は出来ているのだけど、どうやってアプローチをかけて良いか分からない。我々プラサスは、学生と飲み会を開催したりして、近い付き合いを継続して行っています。我々が街の人と学生の世代間を埋めようとする活動を通して、街の人たちにも本気度がしっかりと伝わって。最終的にはある病院を経営している女性の方が、我々の可能性にかけてくれて、賃貸している物件の一部の提供と工事費の負担をしてくれて実現に至りました。

 

━━━シェアハウスを作りワカモノを街中に住まわせることにどんな考えがあったのですか?

 

沢山の著名人が輩出される久留米には“人が育つ”何かがあると思っていました。それは地域が持つ特有の気質から来るものだと感じていました。感覚的なことですが、そういう場所で日常を過ごすといいうのは何か大きな意味があると思っていました。

もう一つは、学生が通う大学は街中からバスで20分程度距離のあるところにあって。ほとんどの人は、その周辺の自転車で5分圏内のところに住んでいます。でもそうすると、冒頭にも言ったように、彼らの生活スタイルは、学校で学ぶ、電車で30分の商業中心地である天神で遊ぶかバイトをするという単調な生活になる。対して、おじいさんやおばあさんは地方都市の街の真ん中に住んでいる。我々はこの普段の生活行動に重なりが全然生じないことを危惧していて。だったら住む場所を重ねることが大切だと思い、動くのが困難な高齢者はそのままにして、ワカモノを街中に動かせないか考えることにしました。

 

━━━学生にとっては、街中に住むことにメリットはあるのですか?実際には学校の近くに住んでいる方が便利だと思うのですが。


メリットはあります。シェアハウスに住んでいる意欲的な学生は、学生アトリエas(アス)というデザイン事務所を開いていて。実際に地元の人から受注してデザインしているなど、普段の学生生活では味わえない体験をしています。加えてシェアハウスが活動の拠点となって、様々な人を繋げて気軽な飲み会や、イベントが行われるなど活発な動きも見られます。シェアハウスを昔のトキワ荘※4のようにデザイナーを目指す人が一同に住まう場所としたいと言う、意欲的な学生も出て来ています。
※4 トキワ荘:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%AD%E3%83%AF
%E8%8D%98

 

━━━家賃はどうしたのですか?通常であればその立地条件だと、少し安くなってないとと思うのですが。

 

家賃交渉には少し苦戦しました。最初は10畳と6畳2つの部屋に3人入る予定だったんですけど、近くのマンションの相場と比較して、同じ家賃を出すなら、もっとキレイなとこに住みますよ、と言われてしまって。また、以前住んでいた学校付近の家賃は28,000円位だったこともあり、結局当初想定より1万円下げましたかね。10畳のところが20,000円、6畳は15,000円。それでも、デザイン事務所としても機能してますから、そこでアルバイトも重ねてしているような住まい方です。

 

━━━久留米での活動を東京から行う利点とは何でしょうか。


僕は最初、ルームシェアとか全然面白くないしあんまりかっこよくないなって思ってたんですけど。でも、メンバーである飯塚が住んでいるシェアハウスに行くことが多くなって、その可能性とか、新しさとか、価値とかを実感できるようになって。自分自身の体験が有ったので、責任と自信を持って勧められたということがまず挙げられますね。もう一点は、東京には意欲の高い人がいるし、ネットワークは広がる。不足しがちなヨソモノからの視点というのを養える機会があることも利点です。

そして、現在久留米のシェアハウスではそれ以上のことが起きていて。通常東京のシェアハウスは住民同士は繋がりが深まりますが、久留米では住民だけでなく、地域とも繋がっている環境が形成されている。一つ例を挙げると、入居当初シェアハウスにインターネットが繋がっていなかったのですが、隣の隣のビルの人が、ウチのビルのを使っていいよと声をかけてくれました。他にも、久留米の商店街の方々が、次の物件探しておくねって、声をかけてくれたりしており、少しずつ反響が見られます。

 

━━━NPO法人として活動していますが、どのような事業計画や工夫をされていますか?

 

給料が払えている体制にはなっていないですね。助成金の申請も今からです。活動母体をはっきりさせて、行動を移し易くしています。今後収支に関してはプラマイゼロよりプラス化させるように持っていきたいとは思ってます。後は東京で仕事をしながら、地元との継続的な関係性を築くために注意しています。近くに行って会うこと以上に良いコミニュケーションってないと思うんですけど、僕は結構マメに電話をして、その都度面白いことやりましょうよ!なんて、話をしてますね。


1 2 3

No Responses to “#006 中川雅俊氏
福岡県出身 / プラサス代表”

This post has no comments yet.

Leave a Reply