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みかん農家のセガレ、会社員であり、経営者でもありながら地元を想う若手活動家。

高田馬場に昨年末2010年12月に誕生した“人生が10°変わるきっかけの見つかるカフェ”10°カフェ。一人でも居心地の良い時間が過ごせるように仕立てられた広々として落ち着いた空間には、おしゃれな雑誌が並び、電源やインターネット環境が完備されている。経営するのは、私と同世代の1983年生まれの岩崎亘氏。みかん農家の長男として生を受けた彼は、都会への強い憧れと、地元への反発心を胸に上京するも、現在では地元農家を巻き込んで新風を呼び込む若手活動家である。その活動の背景と、想いを伺った。

 

 

━━━東京に出てくるにあたっての背景と、そのきっかけを聞かせてください。

 

大学から東京に出てきました。父親は沼津生まれ沼津育ち、母親は横浜生まれ横浜育ち。横浜の母方の実家には、正月、GW、お盆と年に3度行ってました。その度に都会がキラキラして見えて、強い憧れがあったんです。

地元は、小・中学校も一学年一クラスしかないド田舎で。友人の家族も隣の市と隣の町の人が結婚するような環境でした。高校生の頃、沼津市ではとにかく服を買うところが無くて。当時、裏原系や古着が流行っていたので、月に1回ぐらい東京に鈍行で片道3時間半かけて通っていましたね。ファッションや音楽にも興味があって、東京にライブに行ったりもしてました。

だから、いざ大学受験となった時には絶対東京に出たいと思っていました。ただ専業農家の長男ということで、本当は継がなきゃいけない身分だったんですけど、父親が「お前の好きなことをやりなさい。その結果農業だったら別にいいけど。その代わりお金は一銭も払わないぞ。」と。そして猛勉強し、念願の東京に出て来て、家賃も自分で支払いながら奨学金とバイトで生活していました。

 

━━━その憧れの東京に来て、地元と比べて何か感じたところはありますか。

 

やっぱり東京は本当に良くて。ただ、一生住んでも良い、地元に戻るつもりはないと思う一方で、地元の良さも感じていました。

ひとつは、自分は“自然”が好きなんだなってこと。本当にド田舎だけど、うちは目の前が海で、後ろが緑で囲まれたみかん農家。海の幸も山の幸もある伊豆って、最高の環境なんです。地元を見直すきっかけになったのは、大学の新歓で「どこ出身?」と聞かれた時に、「静岡の伊豆」「農家」というと、「えーすごい!良いところで生まれたね」って言われて。今までは「田舎者」「農家の息子」だということに劣等感があって極力出身は隠してきたけど、端から見ると自分のバックグラウンドって魅力的で誇れることなんだと気付きました。それ以降は、伊豆のド田舎の農家生まれってある意味ブランディングだと思って自己紹介してますね。

もうひとつは、やはり“人”ですね。電車で肩がぶつかって「なんだよ」みたいなのよく言うじゃないですか。地元ではもちろんそんな事ない。
高校の友人は結構ヤンキーが多くて、高校卒業後、大体ガテン系とか、既に家を継ぐ人とか、市役所とか郵便局とか、地元行政に勤めるとか、そんな奴らが多いんですよね。それと比較して自分は彼らとは違って都会で楽しくやってるぜっていう優越感に似た感覚があったんだけど、それは間違いだと気付きました。

地元へ帰ったときに、皆で集まって飲むんですよ。で、最後の会計時に「お前はいいよ」って言われるんです。「なんでっ?」って言ったら「お前まだ学生だろ。おれら稼いでるから、別に学生には払わせないよ」と言うわけですよ。

他にも、地元に帰省している時に友人に連絡しなかったこととかがあったんです、他に予定があったりして。そうしたら「お前帰って来たんなら連絡しろよ」とか言われる。どうやら親伝いに聞いちゃうようです。そして、「なんだよ、言えよー」みたいな感じになって。こういう経験は他にもいっぱいあるんだけど、そういう人の温かみっていうのは田舎ならではだと思いますね


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No Responses to “#007 岩崎 亘 氏
静岡県出身 / 農家のセガレ発、ビジョナリー起業家”

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